祠堂卒業後(未来捏造)

□六月の同窓会
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五月のカレンダーをめくって捨てると腰に手をあててひとつ頷く。
六月だ。
今年もこの時期がやってきた。
準備は万端、いつでも来るがいい。



六月の同窓会




 五月も終わりに近づくと、とたんに章三は忙しくなる。
 自分を中心に上下二年ずつの計五年の間に、あの山の中腹にへばりつくように立っている祠堂学院に在籍していた仲間たちからの連絡が急に増えるのだ。
 電話やメールもさることながら、店に直接来るものもあるが、連絡の手段は数あれど、目的はみな一つだ。
 誰もかれもまるで合言葉のように「連絡あった?」と聞いてくる。
「今年は10日になりそうだってよ」
 応じる章三の答えも簡潔なものだ。
 もう何年も変わらず、六月になると太平洋を越えてやってくる、大事な友人たち。「久しぶりだから」と、それを口実にまるで同窓会のように集まる友人達。
 章三がこのバーを始めてから数年、年を追うごとに参加人数が増えている。
 確かに、アメリカ在住の二人とは、連絡を取ればすぐ会える、というわけではないけれど。
 別にこの時期でなくても、ニ人でやってくることはあるし、どちらか一人がふらりと立ち寄ることもあるけれど、この六月半ばにどんな事情があるのか、必ずニ人そろってやってくる。

 ところが、珍しいことに章三の店に現れたのは託生一人だった。
 章三はカウンターごしに手を伸ばして託生の前にグラスをおいてやる。
「ギイはどうした?」
「急な仕事ってヤツ」
「珍しいな」
 比喩でなく世界を飛び回る多忙な相棒に、急な仕事が入ること自体は珍しくもなんともない。
 けれど、この時期に日本に来る時は必ずまるまる一日以上のオフを確保していたのに。
「兄さんのお墓にはなんとか一緒に行けたんだけどね、そこからは別行動。でも、あとで来るって言ってたよ」
 託生の言葉に章三は聞きなれない単語をみつけて聞き返す。
「兄さん? お墓?」
「あれ、赤池くんに話してなかったっけ?」
 高校生の頃のように小首をかしげて見上げてくる託生に章三はそっと苦笑をこぼす。20代の半ばも超えた成人男性として、そんな仕草が似合うというのはどうなんだ。
「知らんぞ、僕は。葉山に兄貴がいたなんて、初耳だ」
「そっか、もうすっかり話したつもりでいた」
 あっけらかんと笑う託生。
「うん、いたんだ。五歳離れてて、ぼくが中二の時に亡くなってるんだけどね」
 ということは、祠堂に入学してきたとき、すでに故人だったということだ。
「本当の命日は6月15日なんだ」
 さすがに毎年その日にギイの都合がつくとは限らないから当日にはいけないんだけどね、との言葉に章三はさっきまでの託生のように小首をかしげた。
 なんで葉山の兄さんの命日にギイの都合が関係あるんだ、とつっこみたくなる。
 超絶に多忙なギイの都合に、恋人とはいえわざわざあわせる必要があるのだろうか。託生の兄なのだから託生が一人で当日に行けばいいのではないだろうか。
 それともギイの方が一緒に行くと言い張っているのだろうか。まったくもってあいも変わらず過保護なことだが。

 この二人絡みの思い出は山のようにあるが、特に忘れられないものにちょうどこの時期の出来事がふたつある。
 まず高校二年の時。様子のおかしい託生の、まるで酔っ払いにからまれたかのようなかみ合わない会話。倒れた託生をいとおしそうに、それでいて寂しそうに見つめていたギイ。翌日の葉山の欠席とその後の変貌。
 そして、翌年の同じく6月。温室で泣き出した託生とオセロ大会初戦負けのギイ。
 ギイがアメリカに帰っても、託生が留学していたときも、そして二人がニューヨークで暮らすようになった今も、こうして6月になると二人そろってこの時期にやってくる。
 つまり、それらの全てが、託生の兄に起因するということなのだろうか。

 章三の疑問が託生にも伝わったのだろう。
「兄さんが生きてたら、最大のライバルだったろうな、ってギイが言ったんだ」
 笑う託生に章三はますます首を傾げる。
 そして託生は話し始める。
「話しは随分と遡っちゃうんだけど……」




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