祠堂卒業後(未来捏造)

□二度目の蜜月
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 ボストンはアメリカで一番古い町で、日本人も多いらしいのだが、あいにく日本からの直行便はないのだそうだ。そのためぼくらはNYで入国審査を受け、荷物をもって国内線に乗り換えたのだが、そのとき、ぼくは駆け出して行きたい衝動を抑えるのに必死だった。
 ニューヨーク。ギイのいる街。
 外に出て、地下鉄でもなんでも乗り継いで、なんとか5番街までいければ、ギイの家は覚えている。そこにギイがいるという保証はどこにもないのに、それでも、わずかにでも可能性があるのなら、走って行きたかった。
 今回の留学が決定したとき、もちろんギイにはすぐに知らせた。
 渡米の行程だって、利用する飛行機もすべて。だから、ぼくがいったんNYの空港に降りることも、そこで乗り換えのために、ほんの数時間とはいえNYにいることも、わかっているのに、ギイは何もいわなかった。
 ということは、その時間、ギイはNYにいないか、もしくはいても身動きがとれない状況だということなのだろう。
 その時間に身体が自由になるのなら、わずかな時間でも、たとえ、空港のロビーでコーヒー一杯を飲むだけの時間だけしかなくても、ギイはぼくに会いにきてくれるはずだから。
 そう思って、乗り継ぎの時間にマンハッタンまで行こうだなんて無謀な考えを押し殺して我慢してたっていうのに。

「ギイ、全部わかってたんだ」
 だったら教えてくれればよかったのに。
「オレ、ちゃんと言ったろ? 待ってるから早く来いよって」
 ……うん、言われた。
 でもそれって、アメリカに、って意味だとばっかり思っていたし。
 っていうか、絶対、ぼくが勘違いしてるってギイは気付いていたはずなのに、わざと訂正しなかったよね?
「まぁ、な」
 視線をはずして頬をぽりぽりと書く。気まずくなった時のギイの癖。
「託生、怒った?」
 その情けなさそうな顔にぼくは思わず吹き出した。
「ほんっとに、ギイって、サプライズ好きだよね」
 いつだって心臓に悪いことばっかりなんだから。いつかぼくが不整脈とかになったら、絶対ギイのせいだと思う。あれ?心臓と不整脈は関係ないんだっけ? まぁ、いいや。ほっとしたように笑うギイの笑顔が目の前にあるんだから。
「ところでさ、託生、長旅で疲れてる?」
 さっきからオレ、すっげー我慢してんだけど、とギイが笑う。
 笑顔だけど、茶色い瞳が真剣な色を宿してる。
「ベッドとかソファ見ると、理性がやばくてさ」
 それでリビングじゃなくてダイニングなんだ、と秘密を打ち明けるように言うギイ。
 あぁ、そうか。
 さっき感じた違和感はそういうことか。
「ねぇ、ギイ」
 おかしくて、うれしくて。
「まだギイの寝室、見せてもらってないよ」
 ぼくの言葉の意味を、もちろんギイは勘違いしたりしない。
 攫うように抱きしめられたぼくはそのままギイに抱き上げられ、キスされる。
 深くて激しいキスに意識が朦朧としてきたころ、降ろされたのはギイの匂いのしみこんだ柔らかなベッドだった。



「託生」
 額にはりつく前髪をすいてくれるギイの指を心地よく感じながら、ぼくは時差ボケもあいまってまどろみかけていた。
 留学が決まってから、ギイに再会するまで。飛行機の中でもずっと、これから過ごす一年間を思って、恐怖にも似た不安と戦っていたけれど。
「ギイ…」
 不安も恐怖も何ももう感じない。
 一年間。
 たった一年間だけど、ギイと一緒に暮らしていけるのだ。祠堂の二年生の時のように。あの305号室のように。
 とろけそうな笑顔を惜しみなく向けてくれるギイの腕の中。
 どんな場所よりも安心できる、ぼくの……
 そのままぼくは眠りに落ちてしまった。
 ギイが繰り返す、愛してる、の言葉を受けとめながら。



fin.
2008/02/21

+++after+++
「緑の日々」のその後の二人を考えたとき、最終的にNYで一緒に暮らすようになるとしたら、それまでに託生は英語を克服しなければならないな、と。バイオリンで留学するだけの覚悟が託生と葉山家にあるとは思えないので、とりあえず語学留学。完全に社会に出ていろいろなシガラミにとりこまれてしまう前にもう一度、祠堂でのような蜜月期間を味あわせてあげたいな、というか、そうやって確認しあうことによって【一緒にいる】という選択肢を選ぶことができるのではないかと。


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