死神と逃げる月

□全編
95ページ/331ページ

《犬になりたい》




雨の日も




風の日も




台風の予報が出ようとも




若いセールスマンは商品を売り歩いた。




門前払いがほとんどだ。




ぶつぶつと愚痴を言いながら




それでも会社の意のままに、決して逆らったりはしない。




結局のところ、そうしているのが楽だった。




言われたことを、言われた通りに。




自分の意思で売っている訳じゃない。




俺にこんな仕事をやらせているのは会社だ。




だから、迷惑がられてもそれは会社のせい。




会社が悪い。




そうして責任転嫁しているのが楽だった。




だからこそ彼には、不正だってできた。




彼の言い分では、そこまで追い詰めた会社が悪いのだから。




そうでもしなければ、ノルマが達成できないのだから。




「会社が悪い。俺は被害者だ。なあ、そうだろう?」




彼は先ほどから、たまたま見かけた大型犬にそんなことを問いかけていた。




「お前はいいよな。ぐうたら寝てるだけで飯も食えて。俺も犬になりたい。ああ犬になりてえな」




確か前は、雲になりたいと言っていたはずだが。




「…BOW!」




あんただって、会社に飼われた犬でしょうが。




とでも言いたげに、大型犬は不服そうな声で吠えた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ