死神と逃げる月
□全編
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《犬になりたい》
雨の日も
風の日も
台風の予報が出ようとも
若いセールスマンは商品を売り歩いた。
門前払いがほとんどだ。
ぶつぶつと愚痴を言いながら
それでも会社の意のままに、決して逆らったりはしない。
結局のところ、そうしているのが楽だった。
言われたことを、言われた通りに。
自分の意思で売っている訳じゃない。
俺にこんな仕事をやらせているのは会社だ。
だから、迷惑がられてもそれは会社のせい。
会社が悪い。
そうして責任転嫁しているのが楽だった。
だからこそ彼には、不正だってできた。
彼の言い分では、そこまで追い詰めた会社が悪いのだから。
そうでもしなければ、ノルマが達成できないのだから。
「会社が悪い。俺は被害者だ。なあ、そうだろう?」
彼は先ほどから、たまたま見かけた大型犬にそんなことを問いかけていた。
「お前はいいよな。ぐうたら寝てるだけで飯も食えて。俺も犬になりたい。ああ犬になりてえな」
確か前は、雲になりたいと言っていたはずだが。
「…BOW!」
あんただって、会社に飼われた犬でしょうが。
とでも言いたげに、大型犬は不服そうな声で吠えた。