死神と逃げる月
□全編
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《居留守》
漫画家の彼女はとても不機嫌だ。
夜は眠れない。
結局、薬を飲むのも面倒になってしまった。
朝になっても眠れない。
ここのところは、弱いくせにアルコールを摂取して眠気を誘っている。
昼過ぎに、彼女はようやくウトウトし始める。
「こんにちは。どなたか、いらっしゃいませんか?」
その矢先の、鬱陶しい訪問販売。
だから彼女はとても不機嫌なのだ。
「すみません。ほんの5分で構いませんので」
一声一声かけながら、セールスマンはノックを繰り返す。
漫画家の彼女はベッドの上でシーツを頭まで被り、耳を塞いだ。
何度ノックをしても返事がないのだから、諦めて立ち去ればいいのに。
「キッチンでお困りのことなどは、ないでしょうか」
ああ料理なんてちっともしてないや。
キッチンでお困りと言えば、ゴミの置き場がなくなってきたことくらい。
「…なんだ、留守かよ」
そんな捨て台詞を残して、家の前が静かになる。
しかし、もうすっかり目が冴えてしまった。
窓から顔を出すと、若そうなセールスマンが隣の家をノックしているのが見える。
「こちら仕事がなくてお困りなんだ。月刊誌の連載でも持ってきてくれたら買うよ」
そしたら、どんなストーリーを繰り広げようか。
いいや、それは夢の中で考えよう。
漫画家の彼女はまたベッドに戻っていった。