死神と逃げる月

□全編
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《飛び出し注意》




「あっ」




最終電車が走る頃、黄色いタクシーは駅前のタクシー乗り場へと向かう途中だった。




その運転手はラジオから流れる懐かしい80年代ニューミュージックに気を取られていたのかもしれない。




先ほど歩道から向かい側の歩道にいる女性に手を振っているように見えた男性は、実はタクシーを止めようと手を挙げていた客だったんじゃないか。
という疑問に気を取られていたのかもしれない。




何にしても、自分の前方不注意には変わりない。




突然、小さくて真っ白な生き物が道路に飛び出し、咄嗟にブレーキをかけたが気付くのが少し遅かったのだ。




猫のように見えた。
ぶつかった音はしなかったと思う。




運転手はタクシーを降り、車体の前方を覗き込む。




そこには何もいなかった。
猫特有の俊敏さで間一髪、かわせたのだろうか。




公園前の通りは静まり返り、他に車や通行人は見当たらない。




ホームレスたちも、もう眠っている頃だ。




「Meow」




鳴き声が聴こえて運転手は空を見上げる。




月が見えた。




「月に猫が?」




いや違う。




雪のように真っ白な猫が鳴いているのは、公園内に建てられた時計台のてっぺんだった。




時計の針は1時を指している。




「どうしてあんな場所に」




支柱の上に時計が乗っているだけのものだ。
猫だからと言って登れるような足場はない。




「…テレポーテーションでもしたのかな?」




タクシーの運転手は普段から色々な客を乗せているし、深夜の不思議な体験にも慣れている。




だからその夜もほんの少し首を傾げただけで、また駅前へとタクシーを走らせていった。




猫は時計の振り子のように尻尾のリボンを揺らしながら、ずっと夜空を見上げている。
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