死神と逃げる月
□全編
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《絆》
お気に入りの煙草の葉を切らしてしまった。
始まりを探す彼女は、やれやれと煙管を置く。
緑色の重たい煙が出るあれは高級品で、簡単に手に入らない分とても大切に吸っていた物だ。
黒服から久々に届いた手紙を読む前に一服でも、と思ったのだが。
そして手紙を広げた彼女はまた、やれやれと思った。
暑中見舞いとか書いてあるが、今はもう向こうの時間で言うところの10月に当たるはずだ。
「うっかり居眠りをしていた私も悪かったとは思うが、時間の速さが異なるのだから余計な季語を入れないでほしいものだ」
文句を言いつつも、返事は書かない。
ところで10月と言えばいわゆる神無月であるが、神の無い月と言えど黒服は忙しそうだ。
手紙にも『様々な人と出会い、交流をしている』と書いてある。
「出会わないより出会った方が忙しいのは当然さ。だからなるべく出会わない方が良いと思うのだけど」
黒服は最近どうも、迂闊に目撃されすぎている気がする。
彼女なんて、ずっとここに独りでいるのに。
ずっと?
その始まりはいつからだったろう。
「しかし何だこれは。この最後の文」
『それでも俺は、君に最も深い絆を感じている』
絆というのは束縛だ。
馬や何かを繋ぎ止める綱を意味している。
彼女は黒服に繋ぎ止められた覚えもないし、黒服を飼い慣らすつもりもない。
「それとも私の馬になってみるか、黒服」
手紙に向かって問いかけた。
けれど返事は書かない。