死神と逃げる月
□全編
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《問題ない》
その日は婆さんの家に上がった時から、何かおかしいなと思っていたんだ。
いつもより口数が少ないし、あまり目を合わせてくれない。
気のせいだろうか。
たまたま今日は気分でも優れないのだろうか。
何にしても大したことはないだろう。
そう思っていた。
「これで最後にしようかと思うのよ」
そう言われるまでは。
「え…最後ってどういうことですか」
いつもと同じように新商品の説明をして、契約を取り付けて
いつもと同じようにほんの少し、契約の内容をごまかしたりもして。
けれど、やはり明らかに婆さんの様子がいつもと違った。
「あなたが便利な道具を紹介してくれて、暮らしがとても楽になったわ。ありがとう。もうこれ以上欲しい物がなくなってしまったんだよ」
「そ、それは良かったです。でもきっとまだ他にも、お婆さんの助けになる商品が……」
「いいのよ、もう」
まさか。
今までのことがバレたのか。
心を落ち着かせながらも、首の辺りが脈打つのを感じていた。
お茶を喉に流し込み、婆さんの様子を観察する。
怒っているようには見えない。
ただ、どこかよそよそしいのだ。
「ごめんなさいね。がっかりしたでしょう」
「あ、いえ、そんなことは」
どういう理由なのかは分からないが、こうなってしまったら仕方がない。
大丈夫、最近は他でもたまに商品が売れるようになってきた。
問題ない。
問題はないはずだ。