死神と逃げる月

□全編
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《見慣れぬ住人》




雨上がり、いつものように僕は手紙を配達して回っていた。




「あら、うちに何か届いていました?」




郵便受けに手紙を入れようとしていた僕を呼び止めたのは、若い女性の少し低めの声。




振り返るとその女性は、雨に濡れた傘を一旦壁に立て掛けて




薄い水色のハンカチで体にかかった雨水を拭いていた。




その細い指先には小さく包帯が巻かれていて




もう片方の手に提げた袋からは、赤くて丸い物のシルエットが見えている。




林檎が入っているらしい。




「あれ、こちらの…」




「ええ住人ですわ。それ、いただいても構わないでしょうか」




僕は一瞬、手紙をその女性に手渡すのを躊躇った。




この家に、こんな女性が住んでいただろうか。




いや、もちろん今までは偶然会わなかっただけかもしれない。




けれど男性の姿なら何度か見かけていたし、表札には他に男の子と思われる名前しか載っていなかったから




てっきり父子家庭だと思い込んでいたのだ。




「どうぞ」




しかし僕はただ手紙を配達するのが仕事だ。
人様の家庭の事情についてあまり詮索をする訳にはいかない。




「ありがとう」




手紙を受け取ると女性は、鍵を開けてその家に入っていった。




鍵を持っているのだから、住人であることは間違いないようだ。




僕は安心して、車道に停めたバイクに戻ると空を見上げた。




まだ雲の残る西の空には、半円状の大きな虹がかかっていた。
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