死神と逃げる月

□全編
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《a well-kept secret》




世界は侵略されつつあった。




最大の敵は秘密結社「バックギャモン」。
雪おおかみ「ビリー・ジョン」を生み出した、恐ろしい組織だ。




しかし、奴らの間では仲間割れが起きているらしい。




こないだも、幹部と思われる女の人が逃げてきたから保護したところだ。




さらに第三の勢力として現れたのが、全身真っ黒の服を着た謎の死神。




奴は敵か。
それとも味方なのか。




「たーん!」




英雄気取りの小学生は胸の高鳴りを抑えることが出来ず、海岸沿いの道路を走り回っていた。




この街で密かに起きている異変を、自分だけが知っているんだ。




それを秘密のままにしておきたいとも思うし、いっそ誰かに打ち明けてしまいたい気にもなる。




誰か、いないかな。




「たんたーん!」




道を曲がった先に格好の相手を見つけた小さなヒーローは、空想上のビームを放った。




「うわっ、やられた。不意をつかれた」




郵便配達夫の彼は胸の辺りを押さえながら膝をつく。




彼はちょうど手紙を郵便受けに入れようとして、バイクを降りたところだった。




「動くな。命までは取らない」




英雄気取りの小学生はすっかりその気になって、配達夫に歩み寄り尋ねた。




「お兄さん、死神って知ってる?会ったことある?」




僕は昨日会ったよ。
自慢げな顔でそう言うつもりだった。




しかし配達夫の彼は苦しそうな身振りを加えてこう言った。




「まさか…君も見たのかい?あの黒服の男を」




「え…」




なあんだ。




自分だけじゃなかったのか。




膨らみきっていた優越感は、風船のように溜め息を吐きながら一気に萎んでいく。




「…いえ、見てません。さよなら」




ちょっぴり顔を赤くして、小さなヒーローは去ってゆく。




突然の終演に郵便配達夫は呆気に取られつつも、ランドセルを背負った背中に手を振っていた。
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