死神と逃げる月
□全編
86ページ/331ページ
《また会ったな》
秋の風は好きじゃない。
どこがどうとは言いにくいのだが、胸の奥まで手を伸ばしてくるような容赦の無さが俺は苦手だ。
この黒いマントを着ていると暑い日は涼しく、寒い日は暖かい。
それでも秋の、この何とも言えない愁いだけは歯が立たないのだ。
そんな中で、ひとつだけ胸を踊らせることがあるとすればそれは、
郵便局の辺りから始まる坂道が、イチョウ並木になっていることだ。
あまり通らない道だったから秋になるまで気が付かなかったけれど、最近ではこのイチョウを見ないと一日が終わらない。
もう少ししたらこれが完全な黄色に染まって、実に見応えのある景色になるだろう。
その坂を下る途中で、俺は突然妙な言いがかりをつけられた。
「また会ったな!バックギャモン!」
イチョウの木の陰から現れたのは、風呂敷マントを首に巻いた少年。
小さな体を目一杯に広げて威嚇のポーズを取っているようだが、どう見てもただの子供だ。
「これは失礼。どこかで会っただろうか」
相手は子供だ、紳士的に尋ねよう。
「会ったよ。僕の秘密基地だ」
ああ、そうか。
それで思い出した。
前に、ボロボロの山小屋を秘密基地と称した少年がいた。
あの時はすぐに逃げてしまったが、今日は勇気を出して足を踏ん張っている。
成長したものだ、実に頼もしい。
「やあ、ごきげんよう。しかし俺はバックギャモンとかではないよ」
「お前、ビリー・ジョンの仲間じゃないのか」
俺が首を振ると、じゃあ一体お前は何者だと訊いてくる。
「何者と言われても、見ての通りの死神さ」
そう答えてやったら、さすがにビビったらしい。
「えっ、じゃあ僕って死ぬの?」
「いや、死神に会ったからと言って死ぬ訳じゃないさ。本屋に入っても本を買わないのと一緒だ」
言ってから、それは少し違うかもしれないと思った。
ただ、それを聞いた小さな英雄は胸を撫で下ろしているので、このまま訂正はしないでおこうと思う。