死神と逃げる月

□全編
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《お婆さんと返す人・2》




ごうごうと風。




ざんざんと雨。




そんな台風の夜のことだった。




独り暮らしのお婆さんはなかなか寝つけず、もう一度戸締まりを確かめようと廊下を歩いていた。




がたがたと窓。




ぎいぎいと床。




玄関はしっかり閉まっているようだけれど、この雨風に蹴破られてしまわないだろうか。




そんな不安が眠気を妨げている。




「……おや?」




お婆さんは足を止める。




突然、全ての音が止んだ。
台風の目に入ったのだろうか。




ことん。




そして何か軽い物の落ちる音。




玄関のドアを見ると、郵便受けに封筒らしき物が入っている。




これは。




「ちょっと待って」




慌ててお婆さんは声を上げる。




あまりに静かで、お婆さんの声もちゃんと出ているのか分からない。




が、返事はすぐにドアの向こうから返ってきた。




「…はい」




「あなた、この間の人ね」




「私は、返す人です」




やっぱり。
そう言えばあの夜も、不自然なくらいに静かだった。




「またお金を返しに来てくれたんだね。だけど、これは受け取れないよ。私が納得して支払ったお金なんだよ」




「……」




得体の知れない相手に、お婆さんは優しく語りかける。




「私はね、あの子が可愛いんだよ。そんな悪い子には見えない。きっと契約書のことは何かの間違いだったんだ」




「あなたがどうするかは、あなた自身がお決めになってください。しかし無くした物を持ち主に返すのは、私の仕事なのです」




「私がいいって言ってるんだから、余計なお節介はよしとくれ。頼むから、もう来ないでおくれよ」




けれど、もうドアの向こうから声は聞こえなかった。




「……ほっといておくれよ」




台風の目を抜けたのだろうか。
またごうごうと風が吹いた。
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