死神と逃げる月

□全編
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《お先にどうぞ・2》




「すみません。レシピとか載ってる本はどこにありますか?」




駅前の本屋に着くと、嘘吐きな彼女は早速店員に尋ねた。




「今日はお母さんのお使いがあるから」と嘘を吐いて、一人で下校してきたけど




暢気な彼は「そっか。お使いなのか」だって。




「料理本のコーナーは、こちらですね」




「ありがとうございます」




今まで料理なんて、家庭科の実習でしかしたことがない。




数ある料理本の中から、彼女はお弁当レシピ集を手に取ってみる。




「これだ」




お弁当ならデートにも持って行けるし、学校のお昼休みに渡すのもいい。
毎日売店のパンじゃ栄養のバランスだって悪いもんね。




受験生なんだから本来買うべきなのはこういう本じゃないのかもしれないけど。




一度くらいは彼に手料理を振る舞いたい。
一緒にいられるうちに。




「こういう本って、思ったほど高くないんだ」




彼女がレシピ集を持ってレジに向かおうとした、その時。




「あ、ごめんなさい」




後ろを通る人に気付かずに、背中をぶつけてしまった。




慌てて、その女の人が落とした本を拾う。
表紙を見ると英語が並んでいた。




「うぃ…William、SHAKE…SPEARE……」




「…シェイクスピア」




女の人がポツリと呟く。




ああ、あの有名な。
読んだことはないけど、ちょっと難しそうなイメージ。




私はサン・テグジュペリが好きだな。




そんなことを考えながら、シェイクスピアを女の人に渡す。




「すいませんでした」




「大丈夫。お先にどうぞ」




女の人に促されて、レジに並ぶ。




帰ったら早速チャレンジだ。




残り少ない時間、彼女は彼と沢山の思い出を作ろうとしている。
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