死神と逃げる月

□全編
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《似顔絵》




漫画家の彼女は口にくわえた煙草に火も点けず、ぼーっと路地の向こうを眺めていた。




見知った少年が、ガラス張りの店を覗き込んでいる。




別に少年が何を見ていようと関係ないけれど、何か声をかけてやりたい気もして迷っていた。




けれど眠くて仕方ない。
以前から夜型ではあったものの、最近は朝になってもうまく眠れない。




貰ってきた睡眠薬を利用して、この際きちんと朝起きて夜寝る生活に戻そうか。




そんなことを考えながら静かに歩み寄り、少年の背後に立つ。




「たーん、ってか」




手でピストルを作り、少年の後頭部目掛けてビームを撃った。




振り返った少年は咄嗟に防御の姿勢をとるが、誰が見ても手遅れだ。




「あ!不意討ちなんて卑怯だぞ!めがね怪人!」




「いいから、そこに座れ。撃たれたんだから、じっとして動くなよ」




不満げな少年を座らせると自分も地べたに腰を下ろし、鞄から小さなスケッチブックを取り出す。




どうやら先ほどから少年が見ていたのは、店頭に並べられた特撮ヒーローのフィギュアだったようだ。




しかし、こんな路地裏に玩具店があったとはね。




「何、描いてるんですか」




少年が妙に礼儀正しく訊いてくる。
無視してペンを動かした。




こうしていると思い出す。
中学の頃とか、よく休み時間にクラスメイトの似顔絵を描いてあげていたな。




絵を描く人間としての出発点は、私の場合その辺りだったんだろう。




「ほれ、タイトルは「生意気なガキ」だ」




ラフに描いたそれを、律儀に死体のフリを続ける少年に渡す。




「すげー、漫画だー」




少年は賞状でも貰ったみたいに、穴が開きそうなほどそれを見ていた。




そうさ少年。
私もそんな感動によって漫画の虜になったのさ。




彼女はようやく煙草に火を点けると、海の見える我が家へと帰っていく。




「漫画家のおばさん、ありがとうございました」




おねーさんだろ、と心の中でツッコミを入れながら。
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