死神と逃げる月
□全編
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《風》
黒服の男から久しぶりに手紙が届いた。
手紙はいつも、部屋の壁にある棚の上の黒い箱の中に届く。
誰が届けているのかは知らないが、箱を開けると時々手紙が入っているのだ。
元々その箱が黒かった訳ではないし、手紙を送ってくるのが黒服だけだから黒く塗ったのでもない。
以前、部屋の壁に窓を描いた。
その時たまたま、黒い画材を箱の上に溢してしまったのだ。
仕方なしに箱を黒く塗ってみたが、周りが白を基調にしているのでとても目立っている。
そして始まりを探す彼女は、黒服から手紙が届いたことにまだ気付いていない。
彼女は居眠りをしていた。
こんな時間に眠ることは珍しい。
まだ新しい一日が始まってから何時間も経っていないはずだ。
星を散りばめた銀河のように、銀色に煌めきながら彼女の髪が揺れる。
心地よい風が、僅かに紅潮した彼女の頬を撫でていた。
待て。
ここは部屋の中だ。
それなのに風が吹くはずはない。
けれど確かに風は吹いている。
壁に描かれた窓の中で、大きな木の枝が揺れている。
不思議なことに、風はその窓から入ってくるようだった。
愛用のソファの上であぐらを崩したように座り、頬杖をついたまま彼女は風に吹かれている。
眠ってしまうのも無理はない。
どんな夢を見ているのか。
夢の中でも探し物をしているかもしれない。
彼女はそのうち目を覚まし、やれやれと自分の体たらくを嘆くだろう。
そして真っ先に棚の上の黒い箱を確認するに違いない。
箱の中で手紙は、その瞬間を待ち焦がれている。