死神と逃げる月
□全編
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《夏祭り》
「あら、お祭りですか?」
私はいつもと違う街の様子にすぐ気付きました。
日傘も要らなくなった夕暮れ時。
駅前の公園には提灯が並び、少し現代風にアレンジされたような音頭が聴こえています。
櫓(やぐら)が組まれているのも見えました。
子供や浴衣の若者が音頭に合わせて踊っているのです。
その様子を遠巻きに眺めているお婆さんがいたので問いかけると、目を細くして「ああ、そうだよ」と答えました。
「この街では毎年ここで町内会のお祭りが開かれるのさ」
「お盆にはちょっと遅いですね」
「そうだね。どういう経緯だったか、毎年この時期なのよ」
まるで夏の終わりを惜しんでいるようなお祭りです。
私は今までお祭りというものを直に見たことがありませんでした。
それどころか、子供の頃は外に出ることも少なかったのです。
テレビや雑誌で見ただけでは伝わらない、屋台のイカ焼きの匂い。
私は近くの屋台で売っていたお味噌味の煮込みと、かき氷を買ってお婆さんと食べました。
「お祭りには神様が紛れ込んでいるんだよ」
何のきっかけだったか、お婆さんが話し始めます。
「神様が?」
「神様は賑やかなのが好きだからね。寂しがり屋なのかもしれないね」
一人でお祭りを眺めているこのお婆さんも、寂しくて音に引き寄せられたのかもしれません。
ふと、思い出したことがありました。
子供の頃、病院での記憶です。
「私、死神さんになら会ったことがありますよ。ずっと昔に」
「おや、私も知ってる死神が一人いるよ」
お婆さんは「奇遇だね」と笑いました。
それから私は真っ赤なリンゴあめを買って帰りました。
来年は家族三人で来られたら、と思っています。
今はまだ、時々訪れるだけのこの街。
だけど私は確実にこの街が好きになっています。