死神と逃げる月
□全編
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《お先にどうぞ》
黒服の男は、ポストを探していた。
この街の地理ならもう大体覚えている。
確か商店街の中に、真っ赤なそいつは立っていたはずだ。
探している理由はもちろん、手紙を出すためである。
『やあ、しばらく。黒服だ。随分と間が空いてしまった気がするが、君の探し物はもう見つかっただろうか。暑中見舞いという訳でもないんだが、久方ぶりに近況でも話そうかと思い筆をとっている』
その書き出しこそスラスラとペンが動いたものの、結局手紙を書き終えるまでに半日も費やしてしまった。
黒服が、始まりを探す彼女に手紙を書くのは実に4ヶ月ぶりのことだ。
いつもなら月に一度は必ず彼女に向けて認めていたのに。
駅前のブティックに話し相手ができたからかな、黒服は思った。
『お盆の時期ではあるけれど死神には休暇もなく、むしろこちらでお迎えをする役目を……』
そんな調子で綴った他愛のない私信を封筒に収め、黒服の男は投函するポストを探していたのだ。
「やあ、あったあった」
八百屋の近く、道を挟んだ向かいの辺りにポストは立っていた。
黒服は用心深いので、封筒の宛先をもう一度確認しておく。
大丈夫そうだ。
「おや」
顔を上げると、道の反対側から同じようにポストを目指して歩いてくる女性が見えた。
あれは確か、魚屋の娘だ。
向こうも黒服に気付き、ポストの少し手前で立ち止まる。
「お先にどうぞ」
実に優しい娘さんだ。
お言葉に甘えて、先に投函させてもらおう。
「ありがとう」
恋文だろうか。
手紙を投函しながら黒服は、若草色の可愛らしい封筒を名残惜しそうに見つめている彼女を見て思った。
それはまた、大事に育てた雛鳥を夏空へ放とうとしているようでもあった。