死神と逃げる月
□全編
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《Q&A》
ブルーシートを吊るして作ったテントの中から、男は漫画雑誌を取り出した。
「こう暑くちゃ外に出ていた方がまだマシだ」
幸い、この広い公園には木陰の多いエリアが沢山あり、電車が通ると少しばかり風も吹く。
小さな噴水もあるのだが、あれはとっくにぬるま湯になっていることだろう。
ふと地面に蝶の舞う影を見つけて、顔を上げる。
けれど、空には何も飛んでいない。
ただ夏の太陽が、彼の中にある何かを呼び起こそうとしている。
ホームレスになるよりずっと前の、遠い記憶だ。
男はそのまましばらく空を仰いでいた。
「おじちゃん」
男を呼んだのは子供の声だった。
麦わら帽子を被った小さな女の子が、茂みの向こうからテントを眺めている。
「見かけない子だな。最近引っ越して来たのか」
女の子は、こくりと頷いた。
「おじちゃん、このアオイの、なぁに?」
このくらいの年頃は好奇心がよく働くのだろう。
「おじちゃんの家さ」
「カベがないよ。さむくないの?」
「夏はむしろ暑くてかなわないよ」
「ナツはどうしてアツイの?」
おやおや。
急に議題が地球規模になってしまった。
それにしても隙あらば疑問を投げかけてくるものだ。
「ナゼナニ女の子」とでも呼ぼうか。
さて、夏が暑いのはどうしてだったか。
理科の授業で習ったはずだが、体育会系の彼の記憶には残っていない。
「あれだ。高校野球があるからだな」
女の子は「はっ」とした顔になり、
それから「そっか」と納得した様子で首を縦に振った。
「ナツはコーコーヤチューだからアツイ」
ちゃんと分かっているのだろうか。
遠くで女の子を呼ぶ声がした。
「はーい」
親が近くにいるのだろう、女の子は声のした方へ駆けて行った。