死神と逃げる月
□全編
64ページ/331ページ
《隙間》
「始まり」を決め「退屈」を知り「窓」を描いて「恐れ」を覚えた彼女は
次に「隙間」を探した。
この部屋は充分広いのだが、どこか窮屈なのだ。
何かと何かの間にある何も無い空間、つまり「隙間」が足りない。
それは恐らく広大な宇宙空間を眺めてみても容易には見つからないだろう。
何も無いように見えてもそこには「何も無い空間」が存在しているからだ。
強いて言うならば月だ。
月は満ち欠けする「隙間」だ。
だが他にはもう思い当たらない。
それほど、「隙間」を探すのは難しかった。
同じように時間の流れの中にも「隙間」はなかなか見つからない。
何もしていないように見えてもそこには「何もしていない時間」が存在しているからだ。
むしろ意にそぐわないことをしている時間の方が虚無に近いのではないか。
彼女はいつも、そんな出口の見えない問答を繰り返しながら
愛用のソファという、一種の「隙間」にどうにか収まっている。
有る物は取り揃っていて無い物はどれだけ探しても見つからない、こんなにも満たされた窮屈な部屋の中で
しかし彼女の心の中には大きな「隙間」が常に存在し
その「隙間」を埋め合わせる物を、永遠に探し続けているのかもしれない。