死神と逃げる月
□全編
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《嫌われ者》
駅前の通りもほとんどのネオンが消える丑三つ時、
黒い服を暗闇に溶け込ませて、俺は夜を歩いていた。
歯牙ない死神である俺には、日が暮れても帰る家などないのだ。
『ちょいと、そこの黒いの』
公園に差し掛かった辺りで突然、誰かに呼び止められた。
周りには聴こえず、直接俺の耳の奥に響いてくるようなこの声。
『ここよ、後ろのベンチ』
振り返ると、真っ暗な中に雪のように白い猫がいた。
尻尾のリボンがトレードマーク、駅前のブティックにいる猫のサチコだ。
「やっぱりあんたか。こんなに暗いのに、よく俺を見つけたな」
『猫は夜行性だからね。夜目が利くんだ』
「何か用かい」
『何か用じゃないわよ。ただでさえ陰気臭い死神がますます湿っぽい顔して歩いてるから、ひと言文句つけてやろうと思ったのよ』
「やあ心配してくれたのかい、ありがとう」
『あなた案外ポジティブなのね。何か悩みでも?』
「この街は居心地が良すぎる。本来であれば死神なんて何処へ行っても嫌われ者のはずだろう。それなのに」
『あら。そんなことで悩むなんて、自意識過剰なのかしら。嫌われたいの?』
「だって怖いじゃないか。ある日突然、嫌われてしまうかもしれない。それならば始めから嫌われていた方が気が楽さ」
『安心なさい。私は出会った時からあなたが嫌いよ』
「実に酷い言いようだな。ところであんたは何故こんな時間に」
『聞こえなかったのかしら。私は夜行性なのよ。こんな時間に出歩くのが普通だわ』
「失敬、そうだった」
『いつもお店が終わるとここへ来て、UFOを探しているのよ』
「UFOだって?」
『大袈裟ね。死神がいるくらいだから、UFOが来たって不思議はないでしょう』
「確かに。喋る猫もいることだ」
『だけど、いつまでもこうしてあなたと一緒にいたらUFOも嫌がって現れないかもしれないわね』
「…ああ、また明日って意味か」
その日はそこで別れたから、何故UFOを探しているのかは訊けなかった。
公園を出る時にもう一度ベンチの方を見たが、真っ白な猫はまだ空を見上げている。
空には、かじられた林檎のような月が静かに浮かんでいた。