死神と逃げる月
□全編
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《溶けない雪》
「ねえ、知ってた?雪って本当は溶けないんだよ?」
突然そんなことを言い出した彼女に、彼は首をかしげた。
まさか高校生にもなって、雪が氷の結晶であることを彼女が知らないはずはない。
数日前に降った雪だって、もうすっかり溶けて流れて消えてしまったというのに。
しかし彼女は大真面目に、隣を歩く彼の顔を覗き込みながら話を続ける。
「雪はね、生きてるの。地面に積もった後、誰にも気付かれないようにそっと動き出して姿を消しちゃうのよ」
彼女は嘘吐きだ。
いつもこんなふうに勝手な作り話を彼に吹き込む。
それに対して暢気な彼は、決まって少しだけ考え込む風を見せてから
「そうなのか」
とだけ返した。
優しさなのか、それとも本当に信じているのか。
彼は彼女の嘘を一度も否定したことがなかった。
嘘吐きな彼女は人差し指を口元に近付けて囁く。
「これは内緒だよ。私ね、逃げていった雪が集まっている場所を今日ついに見つけたの」
「本当に?すごいじゃん。どこ?」
「南校舎の裏手。廊下からチラッと、雪が積もっているのが見えたんだ。あそこは普段誰も立ち寄らないから、隠れるのにちょうどよかったんだね」
嘘吐きな彼女は、宝物を見つけたように嬉しそうだった。
「そうなのか。すごいな」
そこが全く陽のあたらないようになっている場所だということくらい、少し考えれば暢気な彼にも分かることだった。
だけど、彼は彼女の嘘を一度も否定したことがなかった。
「すごいな」
暢気な彼には、それが本当か嘘かなんてことはどうでもよかった。
嘘吐きな彼女も、彼が信じているかどうかなんて気にも留めない。
もしかしたら彼女は嘘なんて吐いていないのかもしれない。
彼女の見ている世界の方が、真実なのかもしれない。