死神と逃げる月

□全編
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《売れる相手》




「あら…この間の。いらっしゃい」




先輩と遅い昼食を済ませた後、俺は一人で再びあの婆さんの家に来ていた。




婆さんは何を警戒する様子もなく、俺を招き入れる。




「今からお散歩しようと思っていたところなのよ。でもせっかくのお客様だもの、もう少し後にするわ」




「浄水器の具合はどうですか」




まずは親切なアフターケアを装って、俺は言葉をかける。




「ええ、いいわよ。使い方も難しくないわね」




案内されてリビングで少し待つと、婆さんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。




来客用に買ってあるのだろうか、高級そうなカステラだ。




前にも思ったが、なかなか広めの一軒家で、エアコンも効いているし快適なところだな。




ただ、婆さんの独り暮らしには広すぎるんじゃないだろうか。




「お婆さん、体が疲れたり肩が凝ったりしてないですか?」




カステラを3分の2ほど食べた頃。
そろそろ本題に取り掛かろう。




「そうねえ…毎日散歩して体は動かしているけど、ちょっと疲れやすいかもしれないわね」




すかさず俺はパンフレットを取り出した。
扱っている中でも最新の、比較的高額な機種を選ぶ。




「今ちょうどマッサージチェアを売っていて、お婆さんに使ってもらいたいなって思って」




「あら今度はマッサージチェア?色々なものを扱っているのね」




興味を示した。
この婆さんには全く人を疑うところがない。




もう一押しだ。




「何だか僕の本当のお祖母ちゃんみたいで心配なんですよ。いつまでも元気でいてほしくって」




「あら、嬉しいわね。心配してくれてありがとう。じゃあ使ってみようかしら」




俺はなるべく無邪気に「ありがとうございます」とお礼を述べながら、契約の書類を探した。




「いいのよ。主人が遺してくれた財産が余ってしまって。お婆さん一人で使うのは大変なんだもの」




目の前で契約書に判を押すのを見届けながら、心の中では密かに高揚していた。




俺は見つけたのだ。




先輩の言っていた、「売れる相手」を。
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