死神と逃げる月

□全編
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《売れる方法》




アタシは今日も憤慨していた。




嘘吐きなあの子が最近あまり構ってくれない。




夏期講習、というものに行っているらしいけど。




アタシと勉強と、どっちが大事なのかしら。




今日は雨。
梅雨の間は降らなかったくせに、明けてからよく降るものね。




雨に混じって、煙草のニオイがする。
こんなニオイも嫌いじゃない。




もちろんアタシは犬だから、自分で吸ったりは出来ないけどね。




「大体、うちの会社にはポリシーってものが無いんすよ」




ぼやきながら歩いている若い男が2人。
このニオイは彼らの煙草ね。




入社して間もないセールスマンと、その先輩と言ったところかしら。




「浄水器の次はマッサージチェアっすよ。上の奴らまた適当に決めて、売る側の身にもなってほしいっすよね」




あら、そんな会社に入ったのはアナタでしょう。




そんなに嫌なら辞めればいいんだわ。




「先輩、どんな商品でも楽に売れる方法とかないっすかね」




愚痴ばかりの後輩に対して、先輩からのアドバイスは。




「売れる方法なんかねーよ。売れる相手を探すんだよ」




「売れる相手?」




「世の中には買う人種と買わない人種がいる。買わない人種はどんな商品だって買わない。粘るだけ時間の無駄さ」




「はあ」




「逆に買いたい理由や事情がある人種ってのもいるもんだ。そういう人間を探して売ればいいのさ」




何を言ってるのか、よく分からないわ。




まあ犬種も色々だけれど、人種も色々ってことね。




後輩くんみたいに何でも人に頼って、人のせいにして生きている人種もいれば




持論を展開してそれを聞いてくれる人がいて、安心を得ている先輩みたいな人種もいる。




そうそう嘘ばかり吐くけど不思議と放っておけない、あの子みたいな可愛い人種もね。




それにしても憂鬱な雨。
ああ、早く帰って来ないかしら。
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