死神と逃げる月

□全編
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《寄り道》




「あれ。こんな所に道なんてあったかな」




それは何度も通ったことがあるはずの場所にあった。




車では通れなさそうな細い脇道だ。
舗装されてはいるものの、道の両脇には雑草が生い茂っている。




私はタクシーを降りる。




すぐさま背中や額から汗がじわりと滲みだした。
今年は空梅雨だったらしい。




「向こうに車道が見えるな…」




車で通れないとは言え、タクシードライバーとしてこの辺りの道を知らないというのは落ち着かない。




「果たしてどこに通じているか、ちょっと行ってみるかな」




しかしどうして今まで気付かなかったのか、本当に不思議だ。




そう言えば私には、日によって気分によって、物事が見えたり見えなかったりすることがある。




この間は死神にも会った。
この道も、それらと同じような性質のものだろうか。




そして2分とかからずに、私は反対側の車道に出た。
途中で一瞬、嫌に冷たい空気の溜まりを通り抜けた気がする。




「…BOW」




近くの民家から突然、拍子抜けしたような犬の鳴き声。




それから、暑さのせいで地面に平べったく伸びたゴールデンレトリバーが目に入る。




この犬なら私も知っている。
いつも大きくて目立つから、印象に残っていたのだ。




「…ああ、ここか。大して近道でもなかったようだ」




近付いて犬小屋を見ると「ハナ」という名前が書かれていた。




「ハナちゃんか。夏バテかな。暑いもんな」




私は帽子を取って額の汗を拭い、そのまま見上げる。




青空の真ん中で、夏は輝きを放っていた。
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