死神と逃げる月
□全編
47ページ/331ページ
《寄り道》
「あれ。こんな所に道なんてあったかな」
それは何度も通ったことがあるはずの場所にあった。
車では通れなさそうな細い脇道だ。
舗装されてはいるものの、道の両脇には雑草が生い茂っている。
私はタクシーを降りる。
すぐさま背中や額から汗がじわりと滲みだした。
今年は空梅雨だったらしい。
「向こうに車道が見えるな…」
車で通れないとは言え、タクシードライバーとしてこの辺りの道を知らないというのは落ち着かない。
「果たしてどこに通じているか、ちょっと行ってみるかな」
しかしどうして今まで気付かなかったのか、本当に不思議だ。
そう言えば私には、日によって気分によって、物事が見えたり見えなかったりすることがある。
この間は死神にも会った。
この道も、それらと同じような性質のものだろうか。
そして2分とかからずに、私は反対側の車道に出た。
途中で一瞬、嫌に冷たい空気の溜まりを通り抜けた気がする。
「…BOW」
近くの民家から突然、拍子抜けしたような犬の鳴き声。
それから、暑さのせいで地面に平べったく伸びたゴールデンレトリバーが目に入る。
この犬なら私も知っている。
いつも大きくて目立つから、印象に残っていたのだ。
「…ああ、ここか。大して近道でもなかったようだ」
近付いて犬小屋を見ると「ハナ」という名前が書かれていた。
「ハナちゃんか。夏バテかな。暑いもんな」
私は帽子を取って額の汗を拭い、そのまま見上げる。
青空の真ん中で、夏は輝きを放っていた。