死神と逃げる月

□全編
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《さかさま》




「始まり」を決め「退屈」を知り「窓」を描いて「恐れ」を覚えた彼女は




その後しばらく落ち着かず、部屋をウロウロと歩き回っていた。




そろそろ夜が来る頃合いだ。




彼女は埃を被った机に向かう。
机を買ったのはいつだったか、恐らく誰かに手紙を出そうとしたのだが結局使っていなかった。




その机の上には、小さな砂時計が置いてある。




砂時計というものは可愛い形をしているな。彼女は思った。




ひっくり返すことを想定して作られるから、頭が必ず平べったくなっている。




どちらも屋根で、どちらも底。




ちょうど砂が落ち切ったところで、彼女は砂時計をひっくり返す。




この部屋には時計がない。
そもそも蚊帳の外にいる彼女に時間の概念など通用しない。




だが、それはそれで不便なのでこうして時間を計っているのだ。




この砂が一度落ち切るまでが、半日だ。
朝起きた時と夜寝る前にひっくり返すことにしている。




さかさまになった砂時計は「いやいやこれが正しい上下だよ」と主張するように、また砂を落とし始めた。




思えば、昼が夜になったり、日常が非日常になったり




何も変わらない顔をしながら、世界は手のひらを返しているのかもしれない。




気付かぬうちに様々なものが反転して、さかさまになっているのかもしれない。




そしてそれは、どちらが真実とも言えないのだ。




どちらも屋根で、どちらも底なのだから。
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