死神と逃げる月
□全編
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《シャッターチャンス》
「たーん!たん!」
子供の声が響く日曜日の公園に、写真好きの彼は足を踏み入れた。
駅から程近いその場所には、ホームレスも何人か生活していると聞く。
彼らの生活も、いつかフィルムに収めたい。
そう思って、たまに駅前をうろついているのだ。
だが運悪くいつも何処かへ出掛けているようで、まだそれらしき人物に会えたことがない。
「たたん!たーん!」
ソプラノリコーダーを手に小学生と思しき男の子が、さっきから広場の一番中央で勇猛果敢に飛び回っているのを
写真好きの彼はベンチに浅く腰掛けて観察していた。
あの子は今、英雄気取りに違いない。
公園は悪の秘密結社か宇宙怪獣によって、まさに襲撃を受けているところ。
赤い風呂敷、もといマントを巻いて、人知れず街の平和を守り続ける小さなヒーロー。
イメージを膨らませながら、彼はカメラを持ち上げファインダーを覗く。
「たーんっ!」
掛け声を合図にしてシャッターを切るも虚しく、男の子の動きが激しすぎてブレたり、枠からはみ出たり。
現像してみないと分からないが、恐らくどれもまともに写っていないだろう。
「ううん…動体を撮るのは一向にうまくならない。未熟者め」
最新の機種ならばもう少し撮りやすいのかもしれないが、彼はレトロな方が断然好きなのだ。
カメラだけでなく、家具も車も建物も、古ければ古いほど息吹を感じて愛着が湧いてくる。
「止まってた方がいい?」
突然呼びかけられて男の子を見ると、ちょうどいいポーズで静止したままこちらを見ている。
「ありがとう。格好いいな」
ますます得意げにポーズを決めたその子を何枚か撮影すると、カメラが珍しいのかベンチの傍までやって来た。
「いつもここにいるのか」
「いつもはいないよ」
「たまにいるか」
「たまにいるよ」
「写真出来たら持ってくるよ」
写真を撮られたことに照れているのか、一度目を逸らすようにしてから
「あの、ありがとうございます」
男の子は小さくお辞儀をすると、また「たーん」と掛け声を上げながら広場の中央へ駆けて行った。