死神と逃げる月

□全編
40ページ/331ページ

《It's gonna rain.》




黒服の男は賑やかな場所があまり好きではない。




先日は地下鉄というものに乗ったが、そんなに混んでいた訳でもないのに肩が凝ってしまった。




駅前の通りにも真っ白な友達がいるからたまに行くけれど、やはりゴミゴミしていてどうにも苦手だ。




とにかく煩わしいものには極力、近寄りたくない。
そういう性格をしている。




「ああ、やはりこういう裏路地がいい。実にいい」




黒服の男は民家の塀に挟まれた細い路地をふらふらと歩いていた。




梅雨入りをしたにも関わらず、雨の降る気配すらない日が数日続いたある昼下がりのことだ。




「あれ、婆さん。久しぶりだね」




路地の向こうから歩いてきたのは、いつかバス停跡のベンチで出会った老婆だった。




「おや。あんたは、あの時の死神じゃないか。もうこの街には慣れたかい」




そう言う老婆の手には傘。
思わず黒服は空を見上げた。




「これかい。今日は夕方から雨が降るって言うからね。いつもより早めの散歩さ」




「へえ、それはいいこと聞いた。雨が降るとは知らなかったよ」




あんたも天気予報くらい見といた方がいい、その真っ黒な帽子とマントがずぶ濡れになるよ。
老婆は笑いながら黒服の男の頭を指差した。




「そうかな、婆さん。先のことが分かっちまうなんて、実につまらないことさ」




「おやまあ、死神がそんなこと言うなんて。雨どころか雪でも降るんじゃないかしら」




道幅の狭い路地を、老婆と黒服はすれ違った。




「じゃあ気をつけて。素敵なお散歩を」




黒服は老婆と別れてまた先を行く。




確かに死神である彼には、その老婆の寿命のことだって分かっている。




それでも先の見えない日々というものを、少しだけ信じてみたいのだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ