死神と逃げる月
□全編
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《fear》
「始まり」を決め、「退屈」を知り、「窓」を描いた彼女は
次に「恐れ」を探した。
これまでの探し物とは少し様相が異なっている。
理由があって知りたくて探したというよりも、知っておかなければ不安だった。
しばらく考え込んでいたが思い出したように部屋の隅に向かい、立ててあったそれに掛かっている布を取り払う。
それは「姿見」だ。
彼女はいつも世界を見つめることばかりしてきた。
自分自身を見ようとしたのは、これが初めてかもしれない。
鏡の中の彼女は問いかける。
あなたはどうして、ずっと探し物ばかりしているの。
そんなこと、彼女に答えられる訳がない。
言わば、その答えを探しているようなものだから。
鏡の中の彼女は問いただす。
探し物が見つかったら、あなたは一体どうするつもり。
そんなこと、彼女に答えられる訳がない。
言わば、それを知るために探しているようなものだから。
鏡の中の彼女は問い詰める。
じゃあ探し物がずっと見つからなかったら、あなたは一体どうするつもり。
そうやって探していることに、あなたがここにいることに、「意味」なんてなくなるかもしれない。
そうしたらまた今度は「意味」を探すのか。
問い詰める。
あなたにあるのは「意味」じゃない、「役割」だけだ。
全ての「始まり」を探し続けるという「役割」だけだ。
全ての「終わり」を見届けるという「役割」だけだ。
あなたはいつだって、孤独だ。この先もずっと。
あなたは一体、誰なの。
彼女はついに目を逸らした。
愛用のソファにどっぷりと深く座り込み、黒服からの手紙でも届いていないかと慌てて探し始める。
けれど、
ああ私はまた探しているんだ、と気付いてすぐにその手を止めた。
自分を見つめる自分の目が、彼女に「恐れ」を与えた。
そもそも「恐れ」なんてものは、この世界には存在しない。
それは始めから、自分自身の中に在った。