死神と逃げる月
□全編
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《物語は収束へ・7》
「よくもこれほどまで受け入れられたものだ。死神ともあろう者が、恥ずかしい奴め」
街の様子を眺めていた始まりを探す彼女は、黒服の男を容赦なく詰った。
それは、ようやく手中に収めたものを手放さなくてはならない歯痒さ故だろう。
「俺が誰より驚いている」
黒服にとっても初めての経験だった。
本来ならば死神の姿が見えるだけでも珍しいことなのに。
「黒服様は既に、あの街の輪の内側に。だから速やかに返さなくてはいけません」
返す人がもう一度告げると、始まりを探す彼女はすぐさま反論した。
「それはお前の都合だろう。私には関係ない」
「お忘れですか?そもそも私を生み出したのは貴女様です。これは貴女様から与えられた絶対的使命でもあるのですよ」
駄々をこねる子供を説き伏せるように、返す人は言う。
随分と生意気になったものだ。
始まりを探す彼女は顔をしかめた。
こんなことになると分かっていたら、返す人など生み出さないのに。
ほんの気まぐれに、黒服の提案を飲んだのが間違いだったのだ。
「お前はどう思う。黒服」
今度は、一向に見解を示さない当事者に問いかける。
ひとつ咳払いをして、黒服は小さく呟いた。
「あれは君が見守ってくれている街だ。その街に必要とされるなら悪い気はしないさ」
ずるい答えだな。
彼女は唇を強く結んで、黒服に背を向ける形でソファに腰を下ろした。
「分かった。お前の好きにするがいい」
彼女もそこまで分別がない訳ではない。
引き際くらいは弁えているつもりだ。
「では、こちらへ」返す人は声で黒服を誘導する。
「や、危うく忘れるところだった」
黒服は、姿なき返す人に向かって言った。
「もう随分前になるが、独り暮らしの婆さんが言っていたよ。君に謝りたいと」
死の間際に、謝りたいと言った2人のうちの1人。
とても辛く当たってしまったから、と。
「…ご丁寧に。感謝します」
ふて腐れるばかりの彼女の背後で
2人の会話は次第に遠くなっていった。