死神と逃げる月

□全編
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《夏祭り・3》




「浴衣もよく似合ってるよ」




「ありがとう」




郵便配達夫と魚屋の娘は、駅前の公園を訪れました。




今日は夏祭り。
この街では少し遅くて、毎年この時期に行われるのです。




公園の広場には街の住人が大勢集まっていました。
それはもう、集まらない人なんて一人もいないくらいに。




「そう言えば最近見ないなあ」




「誰のこと?」




郵便配達夫は、あの男の姿が見えないことに気付いたのです。




「黒助さんっていうらしいんだけど。ほら、君のお話にも登場してた、全身真っ黒の」




すると、公園に住むホームレスの男が寄ってきて言いました。




「ああ。黒助なら、この街を出て行ったよ」




「もしかして、それってあれだろ?葬儀屋の人」




元セールスマンの青年も参加して、黒服の男について語り合います。




「あの、私、その方に勇気づけてもらったことがあるんですよ。入院していた時に」




そう言ったのは、日傘を差した色白の女性。




「またお会いしたいですわ」と呟きながら、公園を駆け回る男の子に手を振っています。




「お人好しそうだったもんなあ、あの葬儀屋。また一緒におでんでも食いたいなあ」




「俺はいつだって仲間入りを歓迎するよ。あいつは面白い奴だからな」




元セールスマンやホームレスの男がそんなふうに言った時




犬を連れた女の子が小さな声でそっと囁きました。




「ねえ、知ってました?彼は葬儀屋なんかじゃなくて死神、とっても優しい死神さんなの」




本当か嘘か、彼女は楽しそうに笑っています。




彼女の母親らしき女性が、その様子を遠くから見守っていました。




「あら…」




女性はふと見知った顔に気付き、嬉しそうに手を振りました。




「やあ、ご無沙汰しています」




丁寧に挨拶を返したのは、紫陽花の家に住んでいたお婆さんの、長年音信不通だった息子です。




「本当、随分会わないうちに見違えたよ。背負ってるのは、ギター?」




「これはベースですよ。後で僕ら演奏するんで、良かったら聴いてください」




お婆さんの息子は、タクシーの運転手、八百屋の主人らと共に歩いて行きました。




「お母さん。今の人、知り合い?」




犬を連れた女の子が母親に問いかけます。




「そうね。あの男の人はお母さんのヒーローなの。ずっと昔に、私を助けてくれたのよ」




心優しい死神さんと一緒にね。
そう言い加えて微笑みます。




「また会いたいなあ。帰ってこないかなあ」




街の人たちはあの真っ黒な男を懐かしがって、口々に願ったのです。
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