死神と逃げる月

□全編
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《物語は収束へ・5》




黒服の推理に黙って耳を傾けていた彼女だったが




机の上から煙管を拾い上げると、ゆっくり口元へ運び、緑色の煙を燻らせた。




「私自身が、懲罰である。そう言ったか」




糾弾するかのような言葉でありながら、その表情はどちらかと言えば焦りの色を浮かべていた。




視線も頼りなく床に落としたまま、黒服の顔を見ることができずにいる。




この部屋は牢獄かもしれない。
彼女は度々そう思っていた。




しかし自分が牢獄そのものだったとは。




「ああそうさ。今だって、俺を取り込もうとしただろう」




黒服の淡泊な物言いが、今はとても冷たく刺さる。




「違う、私はただ」




「分かっている。それは君の意志ではないのだ」




ただ彼女の中で無限に広がっている真空の暗闇が




訪れる者を魅了し、包容し、飲み込んでしまう。




宇宙に取り込まれた者は、やがて浄化され




そしてまた新しく生まれ変わることだろう。




そういった流転と再生の営みの中に、彼女も組み込まれているだけなのだ。




「宇宙という存在は、そんなに寂しくて満たされないのかい」




何処までも空っぽ。




どれほど濃密な人生を飲み干したとしても、彼女は絶えず空腹なのだ。




「それもいい。俺は罪を犯したし、君とゆっくり語り合ってみたかった」




黒服の男は、今度は自分から彼女を抱き寄せた。
その手から煙管が落ちる。




「共にゆこう」




緑色の重たい煙が床を這う中、始まりを探す彼女は黒服の男の胸に頬を埋めた。




無垢な子供が親の愛情を求めるように、真っ黒なマントを力強く引っ張る。




このまま溶け合って、気付いた時には彼女はまた独りぼっちになっているのだ。




「お待ちください」




その時、部屋の中で




始まりを探す彼女でも、黒服の男でもない声が聞こえた。
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