死神と逃げる月

□全編
314ページ/331ページ

《メロディ》




「おい、めがね怪人!」




空色のカーテンを外していると、聞き慣れた子供の声がした。




漫画家の彼女は窓から身を乗り出して、その男の子に手を振る。




「おう、よく来たな。弱虫ヒーロー」




何だか随分と久しぶりに会った気がする。




漫画家の彼女は作業を一旦止めて、玄関へと階段を下りた。




「また今度遊ぶって言ったろ」




ドアを開けると男の子は、照れ隠しに頬を膨らませていた。




そう言えば少し前に、そんなことを言った気がする。




「ああ、いいよ。約束は守らないとな。何する?」




「あれ?引っ越すのか?」




男の子は家の中を覗き込んで言った。




ガランとした殺風景な部屋には、ダンボールがいくつか積まれている。




「田舎に帰ることにしたんだ」




さすがに今回は、あの心配性な母親が黙ってはいなかった。




病院まで乗り込んできて、田舎に帰ることを強引に約束させられたのだ。




「約束は守らないとな」彼女は心の中でもう一度言った。




「また会えるよな。死んだりしないよな」




不安そうに尋ねる男の子の頭を、くしゃくしゃと手で撫で回しながら




漫画家の彼女は徐に切り出した。




「なあ、もしかしてだけど」




ずっと気になっていたことがあったのだ。




「お前が助けてくれたのか?」




入院中に、誰かが来てくれていた気がする。
もしかしたら、あれは。




「ヒーローなんだろ?お前が死神をやっつけて、助けてくれたんじゃないのか?」




小さなヒーローは「違う」と首を振った。




「やっつけたんじゃない。助けてくださいって、死神にお願いしたんだ」




やっぱりそうだ。
この子が助けに来てくれたんだ。




しかしそこは自分の手柄にしてしまえばいいのに、律儀なヒーローだ。




「そうか。それで助けてくれるなんて、死神ってのも案外優しい奴なのかもしれないな」




そう言いながら、彼女はふと思い出した。




病室で目が覚めた時、姿なく聴こえていたあの優しい歌声。




あれは死神が口ずさんでいたメロディなんじゃないだろうか。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ