死神と逃げる月

□全編
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《戦友》




美味しそうな色の夕焼け空が広がっていました。




この家の周りにはあまり大きな建物がないので、海の方角を眺めれば空を広々と見渡すことができるんです。




オレンジ色のスープに浮かぶ、紫色の雲のホイップ。




だけどハナはそんな鮮やかな夕焼け空を見ると、時々とても寂しくなります。




二度と戻らない愛しい日々が、あのスープの底に沈んでいる気がするのかもしれません。




「ビリー・ジョン!」




バッタのように飛び跳ねて現れた英雄気取りの小学生も、柔らかな光に照らされています。




また来たのね。
ハナは少しだけ寂しさが和らぐのを感じました。




きっと今日もいつものように距離を取りながら、「たーん!」と叫んでリコーダーを振り回し




気が済んだら「退却だ!」と言って逃げてしまうのでしょう。




ゴールデンレトリバーのハナは尻尾で軽く挨拶をすると、寝そべったまま目を閉じます。




けれど、いつまで経っても「たーん!」が聞こえません。




見ると小学生は、ハナのすぐ傍まで近寄って頭を下げたのです。




「こないだは、ありがとうございました」




それは真夜中の病院でのこと。




漫画家の彼女を助けるための、誰も知らない小さな戦い。




傍で勇気付けてくれたハナへのお礼の言葉でした。




なんて素直な子なのかしら。
きっと立派に育つでしょう。




それに「ありがとう」と「ごめんなさい」がきちんと言えなくちゃ、ヒーローとは呼べないものね。




「BOW!」




ハナが優しく返事をすると、小学生は嬉しくなって




照れ臭そうに顔を背けながら、こう言いました。




「ビリー・ジョン、僕と友達にならないか」




あら、そんな言葉は必要かしら。
ハナは首を傾げます。




だってアタシたちはもう、戦友なのだから。




名前くらいはそろそろ覚えてほしいと思うけれど、ハナはアナタが嫌いじゃないわ。




ただ、その戦友から一言、言わせてもらえば




いくらお気に入りだとしても、この時期ジャンパーは暑いでしょうに。
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