死神と逃げる月
□全編
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《差出人不明》
「ごめんください」
郵便配達夫の彼は、今日もそう呼びかけた。
「はい」
そうすると店番をしていた魚屋の娘が勝手口に顔を出す。
「どうも、お手紙です」
「今日は少し早かったですね」
「たまたま配達が少なくてね」
それでも、この魚屋だけは毎日のように手紙が届く。
きっと文通をしている友人がいるのだろう。
もしかしたら恋人、かもしれない。
「今日は暑くなるそうだから、お気をつけて」
「やあ、ありがとう。君も毎日店番で大変だね」
「良かったら今度、買いにいらしてください」
「ああ、そうします」
封筒片手に、魚屋の娘はまた店番に戻る。
郵便配達夫の彼には、不思議に思っていることが2つあった。
魚屋の娘にいつも届く手紙の封筒には、この近くの郵便局の消印が押されていること。
そして、差出人の名前も住所も書いていないことだ。
そんなに近くに住んでいるのなら、直接会いに来ればいいのに。
文通相手も、店番に忙しいのだろうか。
「この辺りの人なら…返事も僕が届けているのかなあ」
郵便配達夫の彼はバイクにまたがり、次の配達へと向かった。