死神と逃げる月

□全編
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《特別》




「シマウマだ!カッコいい!」




梅雨入りした6月のある日。




嬉しいことに、お天気に恵まれた日曜日。




英雄気取りの小学生は、生まれて初めて動物園に来ました。




お父さんはいつも仕事で忙しくて、なかなかお出かけもできなかったのです。




今日もお父さんは一緒に来られませんでしたが、せっかくなので夕食は家族3人で。
そういう約束になっています。




「あっ。あっちでソフトクリーム売ってるよ」




「気をつけて。転ばないようにね」




走り回る男の子の後ろを、日傘の女性が追って歩きます。




生まれつき体の弱い彼女は、例え冬でも日差しの強い日には日傘を差しています。




だけど最近の検査の結果が良かったので、今日は思う存分楽しめそうです。




「はい、お待ちどおさま。これがボク。こっちがお母さんの分だよ」




ソフトクリーム屋さんが、そう言いながらチョコと苺のソフトクリームを差し出しました。




日傘の女性が代金を払って男の子を見ると、少し俯き加減。
何だか寂しそうです。




「どうしたの」




「お母さんじゃない」




そうなんです。
男の子にとって、この人は本当のお母さんではありません。




本当のお母さんは、男の子がまだ小さい時に亡くなりました。




お父さんはもうすぐ、この人と再婚するんだそうです。




「でも、動物園に連れてきてくれてありがとう。すごく楽しい」




小さな声で、男の子は言いました。




新しいお母さんのことをずっと、「カサお化け」と呼んで避けていましたが




いつしか距離は縮まり、今ではこうして一緒にお出かけをする日もあるのです。




「だから特別。誰にも言わないで」




英雄気取りの小学生は、日傘の女性にそっと耳打ちします。




女性は「まあ素敵」と掌を合わせました。




気を良くした彼は、今度は少しだけ離れてから




周りの人には聞こえないぐらいの声で言いました。




「街を守っているヒーローの正体は、実は僕だったんだ」




「内緒だよ」と念を押して、男の子はソフトクリームを一口頬張ります。




やっぱり誰かと一緒に食べる方がおいしい。
男の子は思いました。
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