死神と逃げる月
□全編
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《逃げる月》
「月って不思議だよな」
暢気な彼は唐突に呟いた。
彼はいわゆる帰宅部なので、授業が終わればもうすることがない。
けれど暢気だから、彼女が部活を終えるまで空を眺めたり音楽を聴いて待っている。
「月?どうして?」
彼女は吹奏楽部に属しており、今日は遅くまで居残り練習をしていた。
終わる頃には辺りもすっかり暗くなり、空にはまあるい月が浮かんでいた。
「だって月ってさ、オレたちがどこまで行っても追いかけてくるだろ」
彼は時々そんな子供じみたことを口にする。
もちろん彼だって高校生だ。
地球と月の関係くらい知っている。
むしろ宇宙とか天体とか、そういう途方もないことには無駄に詳しい方だ。
それなのに彼は時々そんな子供じみたことを口にする。
「月は追いかけてこないよ。月は逃げてるの。それを私たちが一生懸命追いかけてるだけ」
対して彼女は時々そんな大人びたことを口にする。
「そうなのか」
暢気な彼は、彼女の見解を否定しなかった。
地球と月の関係くらい知っているけれど、彼女の話をただ頷きながら聞いていた。
「私には、月なんて見えないよ?」
彼は空を見上げた。
そこには凸凹な顔をした、まあるい月が浮かんでいた。
彼女は嘘吐きだ。
時々そんなおかしなことを口にする。
「そうなのか」
だけど暢気な彼は、彼女の嘘を疑いもせず、ただ頷きながら聞いていた。
「本当だよ。月は追いかけない人には見えないんだよ」
嘘吐きな彼女は、家に着くまで何度もそう念を押していた。
嘘を吐く時の彼女はとても楽しそうにしているから、彼はそんな彼女が好きだった。