死神と逃げる月

□全編
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《魔法の呪文・2》




『どうして走っているの』




ハナの耳元で誰かが囁いた。




テレパシーというものかもしれない。
耳元、というよりは頭の中に響く声だ。




『何処へ向かっているの』




知らないわ。




ハナは頭の中で答える。




英雄気取りの小学生に連れられて、誰かを助けに行くところ。




アタシは女の子だから、「ビリー・ジョン」なんて呼ばれるのは心外だけれど




今はこの子に力を貸してあげたい、そう思ったんだもの。




『大変ね。猫の手も借りたいって感じかしら』




そうね。




犬の手を借りているくらいだから




猫の手が借りられたら、きっとこの子も喜ぶわ。




『そう。ああ、これは待ちくたびれた猫の退屈しのぎ。ほんの気まぐれよ』




駅前公園の傍を走り抜けようとした、その時




真っ白な猫と目が合った。




猫はベンチの上で、リボンのついた尻尾を揺らしながら




一人と一匹を、じっと見つめていた。




『例えば誰にも見つからないように、街を駆け抜けられたら助かるでしょう』




写真好きの彼に教わった、魔法の呪文。




今こそ唱えてみせましょう。




ハナの頭の中で、声は一際優しく響いた。




『時間よ止まれ』




その瞬間




車の音も、駅のアナウンスも、ゲームセンターのBGMも




あらゆる音が聴こえなくなる。




『グッド・ラック』




停止した街で、頭の中の声だけが




ハナには聴こえていた。
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