死神と逃げる月
□全編
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《昨日の敵は》
「ビリー・ジョン!」
もうすっかり日は暮れていました。
英雄気取りの小学生は、最近では早めに家に帰ることも多くなっていたのですが
その日は暗くなるのを待ってから、こっそり家を抜け出しました。
「起きるんだ。ビリー・ジョン」
これまで敵として、何度も向かい合ってきたそのゴールデンレトリバーに
小学生は強い眼差しで訴えかけます。
「助けたい人がいる。お前の力が必要だ。協力してくれないか」
ビリー・ジョンと呼ばれたその犬は、小学生の様子がいつもと違うことを感じ取り
伸びをしながら、ゆっくりと立ち上がります。
小学生はぎこちない手つきで、犬小屋からロープを外しました。
「相手は死神だ。手ごわいぞ」
ビリー・ジョンはそれを聞いて、ひとつ頷きます。
きっと男の子一人では心細かったのでしょう。
だけど勇気を振り絞って、真っ黒なあの男に立ち向かおうとしているのです。
口は悪いけれど、いつだって優しかった漫画家の彼女。
生死の境をさまよっている彼女を、助けるために。
「この闘いが終わったら、友達になろうな」
「BOW!」
犬は、一声吠えて答えました。
青いジャンパーに風呂敷マントを装備して
右手にリコーダー、左手にビリー・ジョンのリードを握りしめ
これでもう、恐いものなんてありません。
「たーん!」
小学生と犬は、大通りの方へ走り出します。
誰も知らない正義のヒーローが、そこには確かにいたのです。