死神と逃げる月

□全編
287ページ/331ページ

《昨日の敵は》




「ビリー・ジョン!」




もうすっかり日は暮れていました。




英雄気取りの小学生は、最近では早めに家に帰ることも多くなっていたのですが




その日は暗くなるのを待ってから、こっそり家を抜け出しました。




「起きるんだ。ビリー・ジョン」




これまで敵として、何度も向かい合ってきたそのゴールデンレトリバーに




小学生は強い眼差しで訴えかけます。




「助けたい人がいる。お前の力が必要だ。協力してくれないか」




ビリー・ジョンと呼ばれたその犬は、小学生の様子がいつもと違うことを感じ取り




伸びをしながら、ゆっくりと立ち上がります。




小学生はぎこちない手つきで、犬小屋からロープを外しました。




「相手は死神だ。手ごわいぞ」




ビリー・ジョンはそれを聞いて、ひとつ頷きます。




きっと男の子一人では心細かったのでしょう。




だけど勇気を振り絞って、真っ黒なあの男に立ち向かおうとしているのです。




口は悪いけれど、いつだって優しかった漫画家の彼女。




生死の境をさまよっている彼女を、助けるために。




「この闘いが終わったら、友達になろうな」




「BOW!」




犬は、一声吠えて答えました。




青いジャンパーに風呂敷マントを装備して




右手にリコーダー、左手にビリー・ジョンのリードを握りしめ




これでもう、恐いものなんてありません。




「たーん!」




小学生と犬は、大通りの方へ走り出します。




誰も知らない正義のヒーローが、そこには確かにいたのです。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ