死神と逃げる月

□全編
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《また今度》




「たーん!」




英雄気取りの小学生は、ある場所を目指していました。




それはどこかって?




決まっています。
海です。




冒険家はいつだって広い広い海を目指すものだからです。




日曜日の朝、朝食を済ませた彼は玄関を飛び出すと




海を目指して元気よく走り出したのです。




「たん!たーん!」




今日は学校が休みの日なので、ランドセルは背負っていません。




背中に大きなエンブレムの入った青いジャンパーを着て




もちろんリコーダーと風呂敷マントは標準装備。




海風を受けてそのマントは、ひらひらと舞い踊ります。




海沿いにはドールハウスのような西洋風の民家が建ち並び




二階の窓では空色のカーテンが、やはり風を受けて揺れていました。




「さあ、下りてこい!めがね怪人!」




英雄気取りの小学生は、その開いた窓に向けて呼びかけます。




伝説の、みたいなジャンパーを見せびらかしに来たのかもしれません。




けれどその家に住む漫画家の彼女は、窓から顔を出してこう言いました。




「…ごめんね。ちょっと疲れてるんだ。また今度ね」




手を振る彼女は、いつもより優しい顔をしていました。




「あ…はい、わかりました」




小学生は拍子抜けしたのか、やけに丁寧に答えると




次はまた、別の場所を目指して走り出しました。




「たーんたん!」




それはどこかって?




決まっています。
山です。




冒険家はいつだって高い高い山を目指すものだからです。
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