死神と逃げる月

□全編
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《How are you?》




「ストップ、ストーップ!」




目的地まであと少しというところで、彼は突然声を上げた。




ワゴンはグンと前方に揺れ、そして停車する。




「どうしたの」




「今、猫が」




「猫?」と先輩がリアガラスの向こうを覗き見る間に




彼はスライドドアを開け、路地に降り立った。




「ああ、良かった。無事です」




彼の視線の先にはビニール袋がひとつあり、風も無いのにガサガサと音を立てていた。




よく見れば確かに尻尾と、足らしきものも見えている。




「引っ掛かって出られなくなったのか?」




暴れるビニール袋を取り押さえ、そっと猫を出してやる。




猫は彼の顔を見てすぐに気付いた。
以前セールスマンをしていた男だ。




『あら…しばらくぶりだわね。ご機嫌いかが』




この猫、自棄になっているのだろうか。




自分の声を聞かれることに抵抗が無くなってきているようだ。




「お前、あのブティックの」彼も思い出した。




だいぶ前になるが彼はこの猫に、そう睨まれたのだ。




いや、蔑まれたと言った方が正しいだろうか。




『人は随分と変わるものね。猫を助けるなんて』




「自分でもそう思うよ」




元セールスマンの彼は空っぽのビニール袋を小さく丸めて、またワゴンに戻っていく。




もしかしたら、今の彼が本当の彼なのかもしれない。




『どちらにしても、人は変わるものだ』




猫のサチコは乱れた髭を整えながら、しみじみと呟いた。
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