死神と逃げる月
□全編
274ページ/331ページ
《第一号》
郵便配達夫の彼は、待ち焦がれた季節の到来に心を躍らせながら
海岸沿いに張り出すようになっている緩やかなカーブを越えた。
このところ雨が続いたこともあり、まだ気温はさほど上がらないが
それでも動物が当たり前に備えた本能のようなもので、春を感じている。
配達夫はこの季節が一番好きだった。
「ごめんください。お手紙です」
その日の配達の最後に、彼はある建物の前にバイクを停める。
雨上がりの湿った陽だまりの中に、その施設はあった。
デイサービスセンター、というのだろうか。
高齢者の日常生活を支援したり、療養者や障がい者のリハビリなどを行っている施設だそうだ。
「ああ、ありがとうございます」
送迎用ワゴンの手入れをしていた若い職員が、手紙を受け取って宛名を確認する。
すぐにその表情が綻んだ。
「来た。第一号だ」
「何ですか」
配達夫は思わず、知り合いでもないその職員に尋ねていた。
どうしてだろう。
恐らく春だからだ。
何か良い知らせがあったのなら、共に分かち合いたいような気分だったのだ。
「各地の施設と連携して、独居の高齢者と離れて暮らしているご家族との繋がりを支援するようなサービスを始めたんすよ」
たまに言葉遣いに若さが垣間見えるが、気さくで気持ちの良い青年だった。
「手紙だって、何か連絡をとる理由が無いとなかなか出さないっすからね。そういうきっかけを定期的に作ったり」
で、その第一号が届いたんすよ。
そう話す彼はまるで、自分が賞状でも受け取ったかのように嬉しそうだった。
「実はこれ、元は俺の発案で」
「へぇ。若いのに、よく考えていて立派だなあ」
配達夫もさほど歳が離れているわけではないが、素直にそう思った。
「だって、何年もの間、家族から連絡が無いのって、きっとすごく寂しいじゃないすか」
身近に心当たりでもあるのだろうか。
若い職員は手紙をじっと見つめながら、誰かを思い出しているようだった。