死神と逃げる月

□全編
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《お話の続きを》




「あっ」




店の入り口に彼の姿を認めると、魚屋の娘は立ち上がって手を挙げる。




郵便配達夫の彼はすぐさま気付き、彼女の席まで早足で歩み寄った。




「今日は急に呼び出したりして」




「いいんだ。僕も気になっていたし」




彼はひとまずドリンクバーを注文してから、コートと鞄を置いた。




「この間はごめんなさい」




彼が席に着いたのを確認すると、魚屋の娘は申し訳なさそうに言う。




「いや。大丈夫だったの?」




昨年の暮れ、初めてのデートはたった一本の電話によって中断された。




その後も何度かメールでやり取りをして、事情は何となく把握できたものの




まだ付き合っている訳でもないし、彼としてはそれ以上踏み込むこともできなかった。




「相当びっくりしたみたい。私が怒鳴るなんて思ってもいなかったって」




「そうだろうね」




笑いながらドリンクを取りに席を立つ。




彼は少し安堵していた。




魚屋の娘は思ったほど落ち込んでいる様子もなく




むしろ身も心も軽そうで、以前より元気になったような気がする。




「それで、何か言われた?」アールグレイを運びながら彼は尋ねる。




テーブルには彼女が飲んでいたであろう空のグラスが置かれていた。




「ああ、君も何か飲む?」




訊けば「私もそれがいいです」と言うので、ティーカップをもうひとつ調達して




再びテーブルに戻ると、彼女は小さくピースサインをしてこう言った。




「なんと、店番を減らしてもらえました」




一人娘の剣幕に、あの父親もとうとう折れたんだそうだ。




「おめでとう。じゃあ、この前の続きをしなくちゃ」




何なら今からでも。
彼は提案する。




今度のシンデレラには、時間がたっぷり与えられているのだ。




「そうそう、あのお話の続きも読みたいなあ」




彼がポツリとそんなことを呟くと




「あれは」と言いかけてから、魚屋の娘は




「一応考えておきます」と笑った。
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