死神と逃げる月
□全編
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《コンビニにて》
「ごちそうさん」
タクシーの運転手は、夕食を終えて愛車に戻る。
それにしても、ずっと座っているから腰が硬くなってしまった。
夜の業務に入る前に、少し伸ばしておかなくては。
「いち、にい、さん」
ラジオ体操のように号令をかけながら、思い切り胸を張って体を反らした。
雲ひとつない夕暮れの空を、飛行機が行く。
目的地まで人を運ぶという意味では、あれと同業になるのか。
「そっちも頑張れよ。こっちは任しとけ」
伸びをしながら、空に浮かぶ小さな物体を見送った。
食後に軽くコーヒーでも、とコンビニへ入る。
最近はコンビニのコーヒーも随分旨くなったと思う。
早速会計を済ませて、レジカウンターの端に置いてある機械のボタンを押す。
「何だこれ!」
ちょうど同じタイミングで、女性の声がした。
声の出所はどうやら、雑誌の棚の前にいる彼女だ。
「お客様、どうかなさいましたか」
慌ててレジから店員も駆けつけるが
女性は青ざめた顔で、何も答えず
そそくさとコンビニから出ていってしまった。
「ん?あの眼鏡は…」
以前乗せた、漫画家の先生じゃなかったか。
そう思ったけれど、後を追うようなことはしなかった。
何があったか知らないが、プライバシーに踏み込むべきではないし
第一、コーヒーだってまだ紙コップに注がれている最中なのだから。