死神と逃げる月

□全編
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《鼻歌の主》




その男は真っ黒な服を着ている。




真っ黒な帽子、真っ黒な手袋




マントに靴、髪の毛まで真っ黒だ。




だから真っ白な雪が降ると、男の輪郭はより一層際立って見える。




そのせい。
全ては雪のせいなのだと思う。




「本当に俺のことが見えるのかい」




黒服の男はもう一度尋ねてみた。




「しつっこい兄ちゃんだな。見えるから何だってんだ」




八百屋の主人は顔をしかめた。




フルーツなんかを買いにきた客かと思ったが、そうでもなさそうだし




さっきから同じことばかり何度も訊かれて




流石に機嫌が悪くなったらしい。




「や、失礼。この街では、そうか、そういうこともあるのか、と思って」




回りくどい言い方は肌に合わない。




八百屋の主人は値下げの札を書き換えながら、「何かご入り用で?」と乱暴に言った。




「訊きたいことが」




「またかい。答えは一緒だよ。冷やかしなら帰ってくれるか」




「あ、いや、違うのだ」




今まで見えなかった相手に見えている、というだけのことなのに




何だか調子が狂って、シドロモドロになってしまった。




「つまりだ。あんたが夏祭りで歌っていたという歌について、詳しく訊きたいのだ」




黒服は軽く口ずさみ、「この曲だ」と告げた。




「ああ、それなら私よりドラムの奴がよく知ってるんじゃねえかな」




「一体誰だ」




「普段はタクシードライバーなんだけどよ。そいつの発案なんだよ、あの曲は」




「何だって」




別のルートだと思っていたものが、ひとつに繋がった。




もう間違いないだろう。




探していた鼻歌の主は、彼だったのだ。
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