死神と逃げる月
□全編
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《卒業》
「死んだ人を生き返らせることができるって本当ですか?」
英雄気取りの小学生が言いました。
人に物を頼む時は丁寧な言い方で。
小学生なりの礼儀です。
それは、とある街のとある場所。
果たして何処の道の上だったのか、そんなことは問題ではないのです。
自分に投げ掛けられたその言葉を聞いて、黒服の男は嘆きました。
まだ声変わりもしていない小さな男の子が、そんなことを言うなんて。
これも自分の体たらくが招いたのかもしれない、と。
「本当なんですか?前にそう聞いたんです」
ところで、それは誰から聞いた言葉だったでしょう。
居るような居ないような、とても曖昧な存在だったような気がして思い出せません。
ただ「黒服で身を固めたあのお方ならば、あるいは」と囁いたその声だけは、鮮明に覚えていました。
そして、まさしく黒服で身を固めた男は言ったのです。
「作業としては可能だ。俺は死神だからな」
だが代償は大きい。
君にとっても俺にとっても。
黒服の男は何かを想像したのか、悲しげな顔で言いました。
「代償って何ですか」
「つまり死んだ人間を生き返らせたり、死ぬはずの人間を助けたりすれば、俺も君も罰を受けなければならないのさ」
その逆もまた然り。
と言い加えることも黒服は忘れませんでした。
「誰か、生き返らせたい人でもいるのかい」
「うん。僕の、本当の」
そこまではすぐに言えたのですが、残りはグッと堪えました。
首に風呂敷マントを巻いている間は、彼は強いヒーローでなくてはなりません。
「嘘だよ。いないよ。何でもないよ」
そう言うと急に駆け出し、いつものように「たーん!」と叫びます。
まだ五年生。
小学校を卒業するまでにも一年以上ありますが
大好きなお母さんからも少しずつ卒業していかなければ、と思うようになっていました。
「よく言った。死んだ人間より、今生きて傍にいる人間を大切にするがいい。君も今に生きているのだから」
けれど、もう遠くへ走り去った少年に黒服の声は届かなかったようです。