死神と逃げる月

□全編
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《me too》




「たーん!」




冬の朝。
もうそんなふうに呼んでもいい頃か。




風呂敷マントをなびかせて、英雄気取りの小学生は河原を走る。




相変わらずの半袖短パン。
風邪をひいたってお構い無しだ。




土手の上から見下ろすと、何羽かの鳥が




親子だろうか、列を作って川面を漂っていた。




「アヒルかな」




その鳥の親子に「平和よし!」と指差し確認をして




小学生はまた「たんたーん!」と飛び回る。




「ありゃ鴨だよ」




すれ違いざまに、漫画家の彼女が言った。




早朝の散歩とは、彼女にしては珍しい。




稼業の漫画の方でようやく長いトンネルから抜け出したのだ。
さぞや爽快な気分なのだろう。




「こんな寒いのに元気だな、お前」




それには答えず小学生は、ただ「鴨か。アヒルだと思った」とだけ呟いた。




「何でだよ」




「だって童話にあるじゃんか。アヒルの家族の話」




みにくいアヒルの子のことか。
漫画家の彼女は言いかけてやめた。




シチュエーションは少し違うが、この子も義理の親子関係に悩んでいるのだ。




「前は悪かったな。厳しく言っちまって」




「何が」




「ヒーローのくせに逃げてばっかじゃねえか、って言ったろ」




実はこの二人がまともに言葉を交わしたのは、久しぶりのことだ。




この半年ほどの間、英雄気取りの小学生は何となく彼女を避けるようになっていて




漫画家の彼女も再起をかけた漫画の執筆に追われていたので、会うこと自体少なかった。




「言ってなかったと思うけど、実は私もなんだよ。私もお前と同じなんだ。だから何か言ってやりたくなってさ」




相変わらず口は悪いが、以前と比べれば随分優しくなったように思える。




本来の彼女はそういう人だったのかもしれない。




「学校に遅れるから、もう行かなきゃ」




小学生は思い出したように呟くと、身を翻して駆け出した。




「うちの親も再婚なんだ。お前んトコとは逆だけどな」




彼女は最後にそう言った。
ただ、そう言うだけで追いかけはしなかった。




風呂敷をヒラヒラさせて走る小学生の背中を、そのまましばらく見送っていた。
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