死神と逃げる月

□全編
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《風吹く夜》




やけに冷たい風が吹いていた。




もう夜も更けて、寝静まった街に




摩擦音のような風の音だけが鳴っている。




そろそろ、始まりを探す彼女に手紙を出さなくては。




そう思って久々にペンを走らせた訳だが




元々さほど筆が立つ方でもないので、よく書けているか心配だ。




黒服の男はマントをしっかりと握り、帽子を飛ばされないように押さえながら




街灯が照らす夜道を、ポストを探して歩いていた。




商店街の中にあるのは知っているが、駅を挟んだ反対側になる。




ここからだと、郵便局へ向かった方が早いか。




「俺は何故こんなに彼女に陶酔しているのだろう」




死神である自分が、二つ返事で人探しを引き受けるなんて。




まだ彼女に報告できるような成果も特に上げていないのだが




待たせっぱなしというのも、失礼だ。




手詰まりになっている「蝙蝠傘の彼女」のことや




「タクシーの運転手が鼻歌を口ずさんでいたらしい」という情報だけでも伝えておこう。




彼女にしては切羽詰まった手紙だったし、返信が遅くて心細く感じているかもしれない。




「BOW!」




暗闇の中、突然大きな声で吠えたてた者がいた。




犬だ。
確かハナという名前だったな。




この家の前を通ると、黒服の男には必ず吠えるのだ。




相当嫌われているらしい。




「やあ、あの子には会えたかい。夏の終わりに一度戻ってきただろう」




ハナは答えない。




この家に帰ってきた以上、会えなかったということはないと思うが




あまり構ってもらえなかったのか、少し不服そうな表情をしている。




「あの子も、もう子供じゃないんだよ。すっかり忙しい大人さ。分かってやってくれ」




ハナは少し唸ってから、また「…BOW!」と吠えた。




お前なんかに、あの子の何が分かる。
そう言っているのだ。




「今夜は少し寒いだろう。お腹を冷やすなよ」




その時また冷たい風が吹いた。




黒服の男は帽子を押さえながら歩いていく。
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