死神と逃げる月

□全編
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《猫ふんじゃった》




そのブティックの前を通る時は、誰もが一度は振り返る。




小さな子供などは「猫ちゃんだ」と指を差し、手を振った。




サチコの真っ白な毛並みと尻尾のリボンは、いつだって注目の的なのだ。




「しかし、どうしてそんなに浮かない顔を」




話しかけたのは黒服の男。




サチコは遠くの空を眺めたまま答える。




『うるさいわね。色々あるのよ』




「例のUFOが、一向に来ないからか」




そう言えば、彼には話したことがあったっけ。




サチコはずっとUFOを待っている。




『そう言うあなたはどうなの。蝙蝠傘の彼女は見つかったかしら』




黒服の男は首を横に振った。




「手詰まりだな。唯一の情報源である男も行方を知らないと言っていた」




『そう。じゃあその彼女ではないのかもね、侵入者って』




だが他にそれらしき人物はいただろうか。
黒服は首をひねった。




「だから、もう一人を先に探すことにしたよ」




『もう一人?』




「手紙に書いてあった、もう一人の探し人だ。鼻歌の」




『ああ、そうだったわね』




「時に君は鼻歌を歌ったりするのかい」




『言っておくけど、私じゃないわよ』




「いや、友達として訊いている」




『童謡くらいしか知らないわ』




「いいじゃないか。俺も『猫ふんじゃった』なんてよく歌ったものさ」




嫌なことを言うものだ。
本人に悪気はなさそうだが。




『踏まれたくなんかないわよ。猫はこたつで丸くなる、の方がいいわ』




「ああ、『雪やこんこ』か。それもいいな」




きっと、あと2ヶ月もすればこの駅前にも




『雪やこんこ』をはじめとした冬の曲が流れるのだろう。




『もう今年も、そんな季節なのね』




サチコは溜め息を吐いた。




UFOはまだ来ない。
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