死神と逃げる月
□全編
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《何かのご縁》
街の木々が赤や黄色に、色を変え始めていた。
このところ空気が乾燥しているので、マスクをして歩く人も見かけるようになった。
ふと気付けば、という感じの秋の到来。
運転手もタクシーを走らせながら、小さい秋を探していた。
この季節の風景は淡いというか、薄い色が多くなる。
だからタクシーに向かって手を挙げたその女性、淡い桃色の日傘を差した彼女も
秋の風景に、とても馴染んで見えたのだ。
「やあ、またお会いしましたね」
運転手は、開いた後部座席のドアを覗き込むようにして言った。
日傘の女性もその運転手が顔見知りだと気付き、にっこり笑う。
「先日はどうも、うちの子を送り届けてくださって」
乗り込む前に彼女は、柔らかくお辞儀をした。
「いえ。しかし、あなたのお子さんだったとはね。何かのご縁ですかね」
「本当に、親子共々お世話になりまして」
彼女は少し離れた街まで、通院しに行くのだそうだ。
持病があるとは聞いていたが、以前拾った時よりは顔色も良さそうだ。
何というか、スッキリした表情に見える。
何か良いことでもあったのだろうか。
「なるべく人混みを避けたいので、電車はあまり使わないんです」
「ああ、おっちゃんも人混みは苦手だね。そんな時には回り道しちゃうよ」
「ふふ。ただ、今度少し…」
「え?」
彼女はとても嬉しそうだった。
やはり良いことがあったに違いない。
「検査の結果がもう少し良くなったら、あの子と一緒に動物園に行きたいなって」
「動物園、いいですねぇ。ゾウもキリンも好きだなあ」
あの家出少年はどうだろう。
どんな動物が好きなんだろう。