死神と逃げる月

□全編
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《魚屋の手紙・4》




郵便配達夫の彼が、その道を避けたのには訳がある。




不吉な気配がしたからだ。




「あ、あれは」




目に止まったのは、この街に住む死神。




真っ黒な帽子にマントを着ているから、遠くからでもすぐに分かる。




確か、黒助という名前だったか。




何度か言葉を交わしたこともあるが、やはりまだ苦手だ。
なるべくなら会いたくない。




「何だか、あれに出てくる黒魔術師みたいだな」




先にそんな言葉が口から零れ




それから彼はハッと気付いた。




そうなのだ。
魚屋の娘が書いたあの手紙。




そこに綴られた物語に登場する「黒魔術師」も




全身、真っ黒な装いをしていたのだ。




もしかしたら、あの死神がモデルなのかもしれない。




「待てよ。だとすれば」




彼は物語に登場するキャラクターたちを思い出してみた。




例えば「貴婦人の幽霊」。




これは以前見かけた、包帯を巻いた日傘の女性のことではないだろうか。




それから、「気位は高いけれど泣き虫の小公子」はどうか。




そう言えば、いつも街を飛び回っている英雄気取りの小学生がいたな。
きっと彼だ。




「毛むくじゃらの優しい怪物」は、やはりあのハナという犬だろう。




そして「伯爵猫」。
猫と言えば、ブティックの白猫に違いない。




「やはりそうだ。あの物語の舞台は、この街だったんだ」




見当のつかないキャラクターもいるが、まだ出会ったことのない住人かもしれない。




それらを西の塔から観察し続ける「囚われのお姫様」




もちろんこれは、作者である魚屋の娘その人だ。




毎日毎日、店番をさせられている自分を




塔に幽閉されたお姫様に準えているのだろう。




しかし問題は。




月の欠片を運び続けた「竜の騎士」が誰なのか。




魚屋の娘に、定期的に何かを届けていた人物。




それは、まさか。




『あなたともっと、お話がしたいです』




あの手紙の意味が、ようやく分かった気がする。
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