死神と逃げる月
□全編
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《文学的》
読書の秋とは言うけれど
私は文学の秋、と呼びたいな。
魚屋の娘は公園のベンチに座り、そんなことを考えていた。
貴重な休日だが、ただ街並みを眺めて歩くのもたまには良いかと
朝早く家を出て、落ち着いた雰囲気のカフェや
靴屋さんなんかを覗いたりしながら過ごし
やがて公園に行き着いた訳だが
「秋の風景はとても文学的だ」というのが、彼女の結論。
例えば公園に落ちている松ぼっくりや
枯れ枝にぶら下がったミノムシ。
噴水に浮かぶ紅葉の葉とアメンボも、文学を感じさせる。
秋でなくとも見られる物もあるけれど、やはり今の時期が一番文学的に思えるのだ。
「ああ、あとトンボ。トンボも文学的」
シオカラトンボやオニヤンマのような夏のトンボより
秋の、アキアカネなんかの方が一層文学的だ。
「そうかなあ」
気付けば隣のベンチに、煙草を咥えた女性がいた。
「トンボは童謡的だと思うけどな」
『とんぼのめがね』や『赤とんぼ』のことを言っているのだろうか。
その女性も、水色ではないが眼鏡をかけている。
「子供、好きなんですか」
魚屋の娘は何の気なしにそう訊いたのだが
女性は鳥肌が立った時のように腕を擦りながら
「冗談じゃない。大嫌いだよ」
と早口で捲し立てた。
それから「さてもうひと息、描かないと」と立ち上がり、女性は去ったが
何かを描いている人なのだろうか。