死神と逃げる月

□全編
231ページ/331ページ

《文学的》




読書の秋とは言うけれど




私は文学の秋、と呼びたいな。




魚屋の娘は公園のベンチに座り、そんなことを考えていた。




貴重な休日だが、ただ街並みを眺めて歩くのもたまには良いかと




朝早く家を出て、落ち着いた雰囲気のカフェや




靴屋さんなんかを覗いたりしながら過ごし




やがて公園に行き着いた訳だが




「秋の風景はとても文学的だ」というのが、彼女の結論。




例えば公園に落ちている松ぼっくりや




枯れ枝にぶら下がったミノムシ。




噴水に浮かぶ紅葉の葉とアメンボも、文学を感じさせる。




秋でなくとも見られる物もあるけれど、やはり今の時期が一番文学的に思えるのだ。




「ああ、あとトンボ。トンボも文学的」




シオカラトンボやオニヤンマのような夏のトンボより




秋の、アキアカネなんかの方が一層文学的だ。




「そうかなあ」




気付けば隣のベンチに、煙草を咥えた女性がいた。




「トンボは童謡的だと思うけどな」




『とんぼのめがね』や『赤とんぼ』のことを言っているのだろうか。




その女性も、水色ではないが眼鏡をかけている。




「子供、好きなんですか」




魚屋の娘は何の気なしにそう訊いたのだが




女性は鳥肌が立った時のように腕を擦りながら




「冗談じゃない。大嫌いだよ」




と早口で捲し立てた。




それから「さてもうひと息、描かないと」と立ち上がり、女性は去ったが




何かを描いている人なのだろうか。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ